| 『戦争モノが語れない〜』 by と
こういうのは何と言うか、ダメなんですよ、もう。特攻隊の若者達なんて考えただけで5秒で泣かされるに決まっている。それに高倉健に田中裕子に…多分、小澤氏が出ていなかったら絶対に観ないであろう映画。
戦争について、私はとうてい理路整然と語ることなどできないぞ…根本的には非戦という発想だが、憲法にのっとった反戦というものには絶対的な信頼を置いていない。
ともかく戦争観というかそういう大上段のことは抜きにしても、意図的な思想に染めたり染まったり、社会的な仕組で縛り上げ死を強要するなんてこと自体が悲劇だ。愛国心や民族意識が暴力で統合されるなんておかしい。本当に人間の馬鹿さには自虐的に呆れる。と引いた目では思い、一方では、片道燃料で爆弾を抱えて飛び立つ若者の最後の盃なぞ見ると、感傷的にオイオイ泣ける。
…というような、堂々巡りのような落ち所のなさに陥るから嫌なんである。こういう映画。なので、小澤氏に関してのみ書こうと思う。
■アリラン
と言っても、あんまり登場しないので、注視するところは決まってくる。山岡の妻の元許婚なのだから、重要な役どころではあるが、回想シーンとして出るだけなので、さほどたくさんのシーン数がない。
朝鮮籍の特攻隊員という複雑な役柄、出撃前夜にも別れに訪れる家族はない。そんな死の前夜に宿の窓辺で「故郷の歌だ、聴いてくれるか」と前置きして、部下と女将に背を向けて歌うのである。
ううむ…兵隊役は似合い過ぎである。ドラマ『瓜二つ』でも坊主頭、短髪が似合うのもあるが、制服系も似合うんである。回想シーン、モノクロだしね。ああ〜〜なんて深くつっこめないんだ。ともあれ、この映画は健さん・降旗康男映画であるから、オザワ見たさなどという動機で見てはいけないんである。 |