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5月10日(土)
午前8時15分、明倫小学校に到着した。既に、学校の敷地内には撮影関係と思われる車がずらりと並んでいた。乗用車だけでなく、機材を積んでいるトラック、テレビ局の取材用の車、そして撮影関係者が泊まっていると思われる旅館のマイクロバスなどがびっしりと列をなしていた。これらの車を見て、本当にここで撮影が行われているんだなあと実感した。明倫小学校は萩市役所の国道191号線を挟んだ向かい側に位置する。歴史と暖かみを感じさせる木造二階建ての校舎が、国道と平行して4棟並んでいて、それぞれが3箇所ずつ渡り廊下で繋がっている。小学校の校庭も、かなり広く感じた。サッカーコートを2面使っていて、端の方には全日本少年サッカー大会の地区予選を告げる垂れ幕がかかっている。ボールを追いかけて所狭しと走り回る子どもたちの元気の良さに反応したくなって、頑張れ〜、とどのチームを応援するでもなく心の中で叫んでいた。
国道から数えて1番目の校舎と2番目の校舎のあたりを見ると、その二つの校舎をつなぐ渡り廊下あたりで撮影しているのが見えた。だが、見えるのは撮影機材と関係者ばかりだ。その向こうに何となく、小澤氏もいるような気配を感じるのだが、どういうシーンなのかはわからない。撮影機材の後ろにベンチが置いてあって、そこに樹木希林さんが腰掛けていらした。テストや本番という声が飛んできて、どんどん撮影が進んでいっているらしいが、結局どういうシーンなのかはわからないままそのシーンの撮影は終わってしまった。次に、カメラが私が立っている方を向いたので、立ち居地を変え、校舎の影に隠れた。
そこで、エキストラで出演している子どものご父兄の方を発見した。お二人で何やら話している。萩の方たちなのかなと思ってお声をおかけしたら、お二人は萩ではなく、瀬戸内海側にお住まいだということ、テレビでこのエキストラの募集を知って応募されたこと、撮影は午前と午後にわかれていることなどを話して下さった。私は小澤氏のファンであること、撮影見学を兼ねて萩に旅行に来たことを告げた。その時、こんな会話をしていたのだ。
ご父兄A(以下A)「主演の人、『さくら』に出ていたわよね。あれを見たらかっこいいと思うわよね〜。ところで、小澤…何さんって読むの?」
みずは(以下み)「ゆきよし、さんです。」
A「読めないわよねぇ? 有名な人の息子さんなんでしょ?」
ご父兄B(以下B)「小澤征爾さんの息子さんよ!」
A「え? 何している人?」
B「有名な指揮者よ、ねぇ?(みずはに同意を求める)」
み「ええ、今はウィーンを拠点に色々なところでご活躍されています。」
A「ふーん、そうなの…。ところで、あなたは小澤さんの追っかけ?」
み「(言葉に詰って考える)…うーん、そう思われても仕方ない、…ですね。」
私が追っかけ…自分では考えてもみなかった言葉を言われて驚いた。そう言われればそうなのかもしれない。でも、“追っかけ”ってどういう人のことを言うのだろうか。学生時代の友達で、あるロックバンドが好きで、ライブを全部見ようと日本全国あちこち行っている子がいた。そこまでは私には出来ないけど、でも、今回のように飛行機に乗っちゃえば…立派な(?)追っかけなのかもしれない。それから、小澤氏のお名前も、やはり多くの人が読めないんだという認識を強くさせられた。私も最初は読めなかったし、小澤氏も舞台「さくら」のパンフレットのコメント欄に「僕の名前は小澤征悦、ひらがなで書くとおざわゆきよし、…」と書かれていたことを思い出した。小澤氏のお名前を視聴者がちゃんと知るためには、ルビ付きで芸名とするしかないのかなあ? かといって、お名前だけ平仮名表記だと選挙に立候補している人みたいだし…なんて、私が考えても仕方がないことを考えてしまった。
ご父兄のお二人から離れて、国道から数えて2番目と3番目の校舎の間の渡り廊下、ちょうど撮影が行われている渡り廊下が見える位置に私は移動した。この場所なら、カメラの邪魔にもならないし、撮影も見られる。ただ、気になったのは子どもたちだ。私がさっきサッカーの試合を見てしまったせいだろうか、撮影に入っている子どもたちは大人しい気がした。私のような部外者が見ていることで、何かヘンな影響を与えたりしているのだろうか…。子どもたちは、普通の洋服を着ている子もいれば、給食当番の格好をしている子もいる。そこへ、小澤氏のお姿を発見した。白に近い、薄いグレーのジャージに身を包み、「こんにちは」と挨拶を交わしながら児童たちとすれ違う、そんなシーンの撮影だった。このシーンのテストが行われた後、小澤氏が児童役の子どもたちに声をかけた。
「みんなが元気がないと先生まで元気がなくなっちゃうよ…。みんな、元気ですかぁ?」
小澤氏の問いかけに、子どもたちは「はーい!」と即座に返事をしたが、小澤氏はその声の大きさでは満足せず、2度3度と「元気ですかぁ?」「はーい!」を繰り返していた。繰り返されるそのたびに、子どもたちは声を大きくしていった。
きっと、エキストラをするのも初めての子どもたちで、子どもなりに色々な想いを抱えてこの場に来ているんだろうな。慣れない物や人だらけの環境に放り込まれて緊張しているのかもしれない。だからといって、どういう理由があるにしても、しなければいないことはしなくちゃいけない。このシーンでは、子どもたちが小澤氏扮する先生と元気に挨拶を交わしていくシーンなのだから、そうしなければならない。だけど、子どもたちが元気がないから注意される。そこまでは私も理解できた。でも、私が指導する立場だったらどうするだろう? 元気がないのをわかっていて「元気ですか?」とは聞けないだろうな…。じゃあ、どうするか…。同じように大声を出させるなら、同じように大声を出させるなら、子どもたちが自発的に声を出すような言葉がけをするだろう。小澤氏だけでなく、命令を出す撮影スタッフ側も、子どもに慣れていない対応をしているなと感じた。何でもかんでも大声で怒るのでは、子どもたちも言うことを聞かないか、萎縮するだけではないだろうか。「じゃあ、お前がやって見ろ!」と言われそうだが、うまくできるかどうかは自信はない。ただ、撮影を見ていると、大人たちのイライラ感と子どもたちのうつろな表情ばかりが伝わってきて、思わず腕組みをしてしまった。
他の場所へと移動すると、作り物の紅葉した葉を本物の木の枝につけている人がいた。もう1人が渡り廊下の屋根に落ち葉を飾りつけていた。実際に裏方さんの作業を身近で見られたのは興味深かった。この2人がこういう飾り付けをしただけで、その空間は既に秋なのだ。
この日はテレビの中継があるらしく、映画の撮影用とは違うカメラも出入りしていた。駐車スペースにこのテレビ局の幟が立っていて、場所取りされていたなあと思い出した。テレビ局の関係者はオレンジ色のウィンドブレーカーを着ていた。そういえば、さっき、監督さんがリハーサルなのか、本番なのかわからないけど、あのウィンブレの人たちとお話していたっけ。ちらりと小澤氏と樹木希林さんともう一人が並んでベンチに座っていたのを見かけたけれど、会話は聞こえなかったし、それがテレビなのか映画のシーンなのかは、ちゃんと見ていなかったこともあって全然わからなかった。
しばらくして、撮影機材やスタッフが秋の空間へ移動してきた。エキストラの、先生役の人や子どもたちは長袖のシャツやブラウスを着ている。葉も一部が紅葉しているだけだし、きっと秋もまだ浅い頃なのだろう。リハーサルやテストをしていても、先程の“イライラ”と“うつろ”の関係はまだ続いていて、再び私は腕組をしてしまっていた。そんな時、小澤氏が、私の立っている位置の正面にいらした。
「おはようございます」
私もお辞儀をした。その直後、女性の声がした。
「最近ジャージの役が多くない?」
小澤氏と私の間に共演している女性がいて、小澤氏はその方に挨拶をしていらしたのだ。私は、自分の自意識過剰さが恥ずかしくなってしまった。しばらくして、スタッフの1人が私たち見学者に向かってこう言った。
「すみませーん、関係者以外の方は門の外まで下がってくださーい」
根が単純な私は、その一言で「ま、いっか」とそこで撮影見学をやめ、観光に気持ちが切り替わったので、明倫小学校を出ることにした。
夜7時を回った頃、たまたま車で明倫小学校の前を通りがかった。まだ国道に1番近い校舎の2階の教室に明かりが灯っているのが見えた。遅くまで撮影が続くのだろうな、いいシーンが撮れますように…。そんなことを思いながら通り過ぎた。
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