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  宵待ちビビのいろはにお江戸*覚書 →人情掲示板でのお江戸あれこれ 
★放送を見ながら、気になったことをつらつら書いていきますが、多少、前後します。 ご了承くださいね。
第7回『「あんたが女だと名乗れる日が早く来るといいねぇ…」の日がやってきた』
by ビビッドカラー

【お江戸うまいもん…】
【年末年始は粛々と…!】
【あの竹人形って、ドラマ特製?】
【まどかって名前・・・】
【おまけ・《第7回》人情いろは歌留多】

鈴を付けて走るアイデアを披露してくださいました清さま…、町飛脚のあいだできちんと浸透してようございました(笑)

参照:江戸名所 寿留賀町(するがちょう)
http://www.iptp.go.jp/museum/yusei/tsushin/tsu03.html

ちなみに、飛脚便に鈴→クロネコヤ●トの首に鈴…、ん?失敬、「ネコの首に鈴…」というのは、進んで難局に挑むの意。
今の十六屋には、ぴったりの符丁か・・・。

【お江戸うまいもん…】
 このドラマ、けっこう、「消えもの」が登場していたのだが、オーソドックスなラインナップが多かった。
粗食が基本だった江戸時代、庶民の口にしていたものは、そんなに手のかかったものなどなかっただろう。幕末の江戸だからこそ、時代考証的にも、代々続いている店などのレシピから、類推しやすいのかもしれない。
豆腐、寿司(本郷3丁目の屋久寿司)、秋茄子、焼き芋、蕎麦、握り飯、鯛、お節、雑煮…・etc.

●あんどうふ
バトルに明け暮れた嫁姑の絆のあんどうふ…お江戸の時代にも、ちゃ〜んとあったようですが、豆八特製木綿豆腐(味付けおふさ)仕様の『あんどうふ』は、ねぎがたんまりのってて、個人的には好き(^^ゞv。美味しそう…。

★あん豆腐 --- 豆腐を二寸(1寸=3cm)ばかりに切って湯煮し、皿に受けてくずだまりをかけ、ケシ、サンショウの粉、クルミの実を上に置く。(室町時代の文献『大草家料理書』に、すでに『あん豆腐』の料理名が記載)
★高津湯とうふ(こうづゆ)…湯煮した絹ごし豆腐に、熱い葛あんをかけ、溶き芥子を置く。南禅寺豆腐ともいう。
←江戸ではじめて絹ごし豆腐を広めた店「根岸/笹乃雪」の現在のあんかけ豆腐。

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年末年始は粛々と…!
●年末 1年の最後の日が大晦日。30日を晦というので年末の晦日(つごもり)を大つごもりとも言う。
古くは、前日までにお正月の準備を終え心身を清め終夜眠らず年神様(としがみさま)を迎えるものだったとか。
床の間飾り=蓬莱飾り、長熨斗、香合、香炉
●元旦 1月1日は干支では「子月子の日」と言う。「子(ね)」の字は「一(はじめ)」と「了(おわり)」を合成した字。
●初詣 近頃の「初詣」は、除夜の鐘が鳴り始めると、どつと神社に繰り出すが、これは「初詣」ではなく、「年越し詣」と言う。
元来の「初詣」とは、"お雑煮"を祝ってから、正装して「初詣」に行けば、一年始めの「けじめ」となることである。
●鏡開き 武士は「切る」という言葉を嫌ったためにこの鏡餅も「切る」ではなく「開く」といわれ、さらに弓の弦で切るかもしくは刃物で切ったとしても表向きは弦で切ったようにするしきたりさえあった。
●七草粥(七草の節句) 『せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろ』(春の七草)
また、本来は『稲、麦、豆、粟、黍、小豆、小麦』のことで、宇多天皇の時に今の七草に改められたとの説もある。七草を買った(あるいは採取してきた)六日の夜と七日の暁には、まな板になずなを置き、傍らに薪、包丁、火箸、すりこ木、杓子、銅杓子、采箸等の七つ道具を揃える。
 初春の野から摘んできた野草の生命力を食して、邪気をはらうということだったが、現在ではご馳走続きで疲れている胃腸を休める効果がありともいわれている。
●獅子舞 獅子舞は、本来神社での祭事に悪霊を祓うものとして舞われるもので、現在でも多くの神社の祭礼に登場する。これが、正月前に家々の悪霊祓いとしての門付け芸にもなっていった。
現代で、獅子舞だけをレンタルするとしても10万前後かかるそうだ。獅子舞だけじゃ華がないからと言って笛や太鼓を頼んだりすると、けっこうなイベントになってしまう。もちろん、「雁屋」のような商家は、「振る舞い」を兼ねて、新年の景気付けにするのだが、「門付け」芸は獅子舞だけでなく、猿回しなどの大道芸なども指す。家の門々で演目を演じ、それにより「(金銭や食べ物の)施し」を受けるという意味合いもあるため、三味線弾き、瞽女、鳥追い女など、差別民の存在もクローズアップされたりする。

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【あの竹人形って、ドラマ特製?】
素朴な感じがとても気に入った「かぐや姫の竹細工人形」、実際に売ってるものなのかな。またいつか、どこかで、あんな感じの可愛らしい竹人形を目にしたとき、このドラマのこともあわせて思い出せるといいのだが。
茨城県は、黄門さまこと「徳川光圀」(とくがわ・みつくに)公が竹の栽培を奨励して以来の竹の産地。竹の種類の豊富さを活かして、越前竹人形から独自の発展をさせたのが「ひたち竹人形」とある。ただ、劇中に登場した人形は、背丈のツマった竹こけし風に見えたので、すらりとしたシルエットの「ひたち竹人形」とは若干、イメージが違うような感じがする。

発見!いばらき:http://www.pref.ibaraki.jp/discover/9/05.htm

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【まどかって名前・・・】
「あんたのおとっつぁんは、学者かお武家かい?」初回に、おふさがたずねている。
無理もない。江戸後期になっても、まだまだ庶民の女性名は『はつ、せん、せい、かめ、とら』などの、2文字が主流で、男と聞いても、そのことには触れていない。それ以前の乏しい知識から言っても、てっきり、女名かと思いこんでいたのだが、確かに「円とかいてまどかと読む」とのであれば、男でもありかもしれない。

いろいろ調べてみると、「まどか」というのは、期せずして「あぐり」同様、男名でもあり、女名でもあるという便利な名前だという。しかも、めったにないというわけでも、どこにでもいるというわけでもない。あぐり・・・阿具利・阿玖里などなど、漢字は違えど、劇中にでてきたように、けっこうポピュラーな名前だったようだが、もととなった「餘賣」は、女子が続いて生まれ、男子が生まれないとき、これが最期の女児であるようにとの願望をもってつけられた名のようだ。そのさい、これを「あまりめ」と訓まず、百済風の新鮮な訓みの「あぐりめ」を採用したことのも頷ける。あまり・・・っていうのは、あからさますぎます。

「五郎八」と書いて、「いろは」と読む。いろは姫=伊達政宗の娘の名でした。どこかでみたことあるんだよなぁ・・・とず〜っと考えていて、やっと思い出せた。はぁ〜、すっきり。

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引用した資料
江戸東京博物館展示資料
大江戸ものしり図鑑(主婦と生活社)
日本の女性名**角田文衛・教育社
江戸東京歳時記(歴史文化ライブラリー)
女とことば今昔 (雄山閣)

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【おまけ】
《第7回》人情いろは歌留多

あ:新しき年 赦し赦され 安らかに逝く 江戸の姑(かか)  
さ:さびしさを自らに課す 侘び住まい (阿具里の居を見て)
き:気付けよと 言えた義理かい 清太郎
ゆ:行く手には 竹の小道と 竹の姫
め:夫婦(めおと)となりて 歳月重ね 阿吽の呼吸 修行の身
み:見た目にも しっくりくるは 若衆髷
し:しかたなし 娘の雑煮 クチにせり(嘉助の正月)