第5回 もののあはれは何時の世も
by まりりん |
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さ〜て、人情届けますも折り返し地点に来たよ。と、思いきや、今回の話はなんといと悲しきことかいねぇ。吉原の遊女、風花と冬吉の叶わぬ恋。
この世では叶わぬ恋も、あの世−来世で一緒になれるであろう・・そんな事を訴えてるような回さ〜ね。
闇夜のなか、蔵前を堀に向かって歩いていく冬吉。戌の刻の鐘を聞き、草履を揃え、堀に身を投げる。というこのシーン。特にセリフもなく、ただ堀に向かい歩いてるだけのこのシーンにしみじみとした空気が感じられるねぇ。
その雰囲気をうまく出しているのが、蔵に向けて照らされている青のサーチライト。
そして、ライトの光に反射され、堀の水のゆるりと波打つ様が、蔵の白壁にくっきりと写しだされることで、闇夜のシーンでもあれだけの効果が出されていたなんざぁ〜憎い演出だ〜ね。
今回のお話の冬吉を演じていた、川岡大次郎さん。ワープステーションのスタッフの女性たちは、彼が見られるので、前日からキャーキャーと興奮していたとか。受付係スタッフのおじさんが話してくれたっけかね。
このシーンが撮られたのは、たしか11月下旬の2次ロケの頃。しかも撮られたのは夜。身も凍る寒さだった、常陸の夜に草履姿。ふう〜っ、ひゃっこい。ひゃっこい。
「色は匂(にほ)へど散りぬるを、わがよ誰そ常ならむ、有為(うゐ)の奥山今日(けふ)越えて、浅き夢見じ、酔(ゑ)ひもせず」
皆の衆も一度は耳にしたことがあるであろう、「いろは歌」。
今回の叶わぬ恋の話を想うとき、この今様歌がぴったりのような気がする。
意味は、「盛んに匂い立つ美しい花も、やがては散ってしまう、そんな栄華を誰が永遠のものとできようか、愛別離苦・・・有為の奥山を、踏み越えたいと願ってもそれは浅はかな夢、その夢に酔うことすらもできない。」
いわゆる、諸行無常(しょぎょうむじょう)、この世の無常感を歌ったこの歌は、いつの世も人々の上には、この無常感がどんな時もついてめぐってくるということを気づかせてくれるものなのかもしれないねぇ。
世の無常・・もののあはれの世界と言えば、源氏物語が有名だが、はて?「もののあはれ」とはなんじゃろか?と調べたら、こんな一説を見つけた。
「人間の根底から発せられるやむにやまれぬ感動が、もののあはれであり、理性的な論理では律しきれない、魂の感動である」と。
はて、まどかと清太郎が、もののあはれのような心情で結ばれているのかは、まだわからぬが。
遊女と佐渡島へ流された平安貴族との恋歌のやりとりが、歌碑として残っているという場所がある。なかなか情緒深い歌である。よかったら、覗いてみておくれ。
★http://www.niigata-inet.or.jp/teradomari/shiseki/12.html
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