夕方5時を過ぎて空を見上げても、まだほの明るい3月になった。日がのびたことが単純に嬉しい。気分と天気がよい日に、1人で考え事をしながら、てくてくとあてもなく歩くのが好きな私には、これからは格好の季節になる。でも、この日は風が強かった。長い時間をかけて散歩するのには向かないけれど、どうしても1人になる時間が欲しかったので、お店に入ることにした。
お店に入って、席を決め、荷物を下ろしながら、回りをぐるりと見渡した。私のように1人でいる人よりも、複数で来て話をして楽しんでいる人たちが多かった。沢山の人がいると何となく人間観察を始めてしまう。そして、人々の顔の表情や身振り手振りから、今この人たちがここにいるのはこういう理由かな、こんなことを話しているのかな、とドラマを見ているような気分になる。
ふと、ある女性を見た時に目の動きが止まった。えーと、どこかで…。そうか!! 小澤氏のお姉様、征良さんだ。そうと意識した次の瞬間から、それまで静かだった心臓の音が急に大きくなって耳に届き出した。極度の緊張が私を襲い始めたのだ。今まで、こんなに緊張したのは、小澤氏と遭遇した時だけ。ピアノの発表会だとか、会社でのスピーチといった、人前で何かをすることは、多少緊張することがあっても、それほど緊張するタイプではないと思っていた。でも、征良さんとは遠く離れているにも関わらず、心音は加速するばかりだった。「私って自分が意識している以上に緊張することがあるんだ」、と意外な発見をしていた。
お話できたら良いな、とは思ったが、小澤氏とお会いした時とは状況が違った。こんなに大勢のお客さんがいるのでは、話しかけるのもためらう。それでも、征良さんに何か伝えられないかなと思って、持っていた一筆箋に手紙をしたため始めた。こんなにガチガチになっているのでは、何もお話出来ないことも考えられるから。ウェイターさんが私のところに注文を取りにきた時、少しでも落ち着けるように、と祈りも込めて、ハーブティーをオーダーした。
「お待たせしました」 ハーブティーが運ばれて来たので、早速ポットからカップに注いだつもりだった。が、カップの周りを見てびっくりした。カップだけでなく、ソーサーや机の上にも注いでしまっていたのだ。意識すればするほど、緊張してしまう。便箋も濡らしてしまうし、手紙の文字は踊っているし、伝えたい言葉を探し出そうと思っても簡単には出てこない。やっとのことで見つけた言葉も、書いては気に入らなくて書き直すの繰り返しで、遅々として進まない。感情的になっている時には筆を持つな、と聞いたことがある。でも、征良さんに、どうしても直接お渡ししたい。だから、感情だけが先走り、震える手をようやく動かして書いた。確かに、こういう状況で書くと言うのは無謀なんだな、ということはわかった。どんなにひどい字だろうと、落ちついて考えられない状況でも、それでも私は書かずにはいられなかった。
そんなこんなをしている時に、征良さんが席を立たれた。私は慌てて結語を書いた手紙と手帳と貴重品を持って、後を追った。これなら、お話できるかもしれない、というわずかな望みをかけて。
「小澤征良さんですよね?」と話しかけた。征良さんは笑顔で「はい」とお返事して下さった。確信があって話しかけても、そうだ、と言われると受け入れてもらえたんだとほっとする。でも、ほっとするのと同時に、嬉しさと緊張感がピークに達し、言葉が何も出て来なくなってしまった。初めて小澤氏とお会いして話かけた時とまったく同じ状態だ。何でこんなに言葉が出て来ないんだろう? ともどかしかった。極度の緊張状態になると、私は言葉を発するよりも、伝えたいことが表情や動きになるらしい。多分、私は自分の考えや気持ちを口にするのが、下手な部類に入るのだろう。相手からメッセージを受け、自分の中で解釈し、生まれ出たイメージを言葉として発するという<会話をする>ための一連の作業のうち、自分のイメージや考えを言葉にする作業に時間がかかる。でも、伝えたいことが待ちきれなくなって溢れ出す。そんな状態になると、顔や動きが言葉よりも先に表現し始めてしまうのだろう。手に持っていた手帳や征良さん宛に書いた手紙を動かして見せるのがやっとだった。
気持ちを察して下さったのであろう征良さんは、サインをする仕草で返して下さった。そこまでして頂いてはじめて、私は「サインをして頂けますか?」と言葉で伝えるが出来た。私は、以前、小澤氏にお会いしてサインを頂いたことをお伝えしながら、そのページを差し出すと、征良さんは「本当だ」と言いながら、その隣のページにサインして下さった。
「きょうだいして字が汚くてすみません」
なんて謙遜されていたけれど、私は征良さんから返して頂いた手帳を見て驚いた。どうしてどうして、きれいでありながら、しなやかで力強い文字が並んでいた。
もう、その後は何をどういう順番で話したか、記憶が定かでは覚えていない。「おわらない夏」を読んだこと、小澤氏のファンであることや以前小澤氏にお会いした時のこと、YOMのこと。思い返すと、手紙を書いた意味がないじゃない、と思うほど、手紙に書いたことをほとんど棒読みして征良さんにお話ししていた。征良さん宛に書いた手紙をお渡ししたら、
「ユキに渡せばいいの?」
と仰ったので、慌てて征良さん宛であることをお伝えした。私の固定観念を誰彼構わずおしつけてはいけないとは思いながらも、恐る恐る、
「パソコンはお使いになれますか?」
とお聞きした。すぐに、「はい」というお返事が聞けた時は、顔が緩み出すのがわかった。
「征悦さんとお話させて頂いた時にパソコンが使えないって仰っていたから…」
と告げると、
「あの人、アナログな人間なので…」
と笑顔で仰った。小澤氏には失礼かなと思いながらも、にこにこしてしまった。小澤氏のファンの人たちと一緒にホームページを作っていること、そのURLを書いたものを入れておいたことをお伝えすると、
「ユキに見せますね」
と仰った。小澤氏にパソコンの画面でこのYOMを見て頂けるのもそう遠くないことなんだと思った次の瞬間、心の中でやった、と叫んでしまった(笑)。そして、何よりも、征良さんがそのような申し出をして下さったことが嬉しくてたまらなかった。最後に、今後も征良さんの作品を楽しみにしていることを告げ、お別れした。
お話させて頂いたのは、時間にすると3分になるかならないかだと思う。征良さんは終始にこやかで、それでいて凛としていて、包容力がある方だった。急性失語症になってもがいていた私に、何とか言葉を思い出させようとして、一緒になって動作でコミュニケーションを取って下さったことが、一番印象に残った。征良さんとお話させて頂いた時、まるで、征良さんが作って下さったシェルターに入れてもらったかのようだった。「ここは安全だから大丈夫よ」とやさしくつつみこみながらも、背中をぽんと押すような、何かをする勇気を下さるような眼差しで、私のつたない話に耳を貸して下さった。そんな征良さんに、私は真剣に、お姉さんになってほしいと思ってしまった。
「おわらない夏」を読んで…。私自身の小学校4年生の夏休みを思い出せたこと。ボストンにいた時にボストン交響楽団の小澤征爾さんのオープンリハーサルを見学して、音楽が出来ていくその過程を見られて楽しかったこと。征良さんの作品に触発されて、私の思いを書いてみたくなって、今こうしてYOMにもレポなどを書いていること。最近思い出すことのなくなっていた懐かしい記憶を、次から次へと思い起こさせて下さった征良さんに、私がこうして色々なことを文字にする勇気を与えて下さった征良さんに、お伝えしたい「ありがとう」はいっぱいいっぱいあったはずなのに、何一つまともにお伝えできなかった。お話した内容も、失礼ながら征良さんのことよりも小澤氏の話題が多かった。手紙もURLを書いた紙も、ちゃんと書いたものを渡せたのか、今となっては自信がないことだらけで、自己嫌悪に陥る事柄ばかりが思い浮かんで来る。
家に帰ってから、征良さんとお会いしてお話した時のことを思い返すと、松任谷由実さんの「やさしさに包まれたなら」の歌詞が頭に浮かんだ。静かな木洩れ陽のやさしさに包まれたなら、きっと、目にうつるすべてのことはメッセージ。私の目に映った征良さんの印象はまさに、太陽の強い光線をやわらげた木洩れ陽のようなやさしさを持った方だった。今、私の手帳には、征良さんと小澤氏のサインが右と左に仲良く並んでいる。また1つ、大切な宝物が増えた。
小澤 征良様
あなたにお逢いできたことに、沢山のありがとうを込めて…。
みずは
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